神経学の世界では、多数の患者を統計的に分析することで、脳に関するもっとも価値の高い知見が得られると考えている人たちと、適切な種類の実験を適切な患者に行う方がーーーたとえたった一例でもーーーより有益な情報が得られると考える人たちの間に緊張関係がある。これは本当におろかな論争で、どうするべきかははっきりしている。一例の実験からはじめて症例を増やし、得られた所見を確かめていけばいい。
たとえ話をすると、仮に私があなたの家に豚を引きずり込んで、この豚はしゃべれると言ったとする。あなたはきっと「本当か。聞かせてくれ」と言うだろう。そこで私が魔法の杖を一振りすると、豚がしゃべりはじめる。あなたはたぶん「何と!これは驚いた!」という反応をする。おそらく「たった一頭だけじゃね。もう何頭か見せてくれれば、君の言うことを信じるかもしれないけど」とは言わないだろう。しかし私が所属する神経学の分野では、これとまったく同じ態度をとる人が大勢いる。
引用:「脳のなかの幽霊」
著者:V.S.ラマチャンドラン サンドラ・ブレイクスリー
訳者:山下篤子
発行所:株式会社角川書店